【小説】ミリオネア清掃員下村龍之介 ⑤


第5話 ちょび髭のおっちゃん

オレの名は下村龍之介。

ミリオネアを達成した空港清掃員だ。

オイラは子供の頃、池畑慎之介という伝説のアズキ相場師に育てられた。

池畑は鬼のように怖そうな顔をしていたが、オイラには無関心で、なんだか案外居心地は良かった。

池畑慎之介の家には多くの人が毎日のようにやって来た。

池畑は来る人、来る人にいつもガミガミ怒って怒鳴り散らしていた。

そんな池畑が、借りてきた猫のようにペコペコと神妙になる人がいた。

池畑はその人のことを「カクさん」と言って何でも言うことを聞いていたように思う。

オイラはその人のことを「ちょび髭のおっちゃん」と呼んだ。

ちよひ髭をはやしていたんだ。ww

おっちゃんは池畑に指示を出すと、その後は必ず付き添いの人がボストンバッグを池畑に渡していた。

あのボストンバッグの中には札束の山が入っていたと思う。

おっちゃんは商談が終わると必ずオイラをメシに連れて行ってくれた。

いつも行くのは近所の中国人がやっている中華料理屋だった。

おっちゃんはキリンビールと餃子を頼み、オイラには食い切れないくらい沢山の料理をいつも頼んだ。ww

そして、メシを食い終わるとおっちゃんは「小遣いだ。」と言って1万円札を1枚くれた。

当時の1万円は今で言うと5万円くらいの価値だと思うけど、おっちゃんはいつも気前良くくれるもんだから、オイラは遠慮して、「前にもらったのがまだあるから、今日はいらないよ。」と言った事がある。

そしたら、おっちゃんはこう言ったんだ・・

「龍之介、お前はおっちゃんを喜ばせようとして言ったかもしれないが、そんな事言っても喜ばないぞ。それより、おっちゃんありがとう!って言ってくれた方が嬉しいんだ。いいか、龍之介、相手の気持ちを良く考えて相手が本当に喜ぶのはどんな言葉を言ったらいいのか?それを良く考えて話さないとダメだぞ。そして、それが人生を渡っていく上で一番大切な事なんだ。」

オイラはこの時の言葉は今でも一言一句鮮明に覚えてる。

なぜならそれは、生まれて初めて大人の人がオイラに真剣に話してくれた言葉だったからなんだ。

おっちゃんは週に1回ぐらいのペースで黒塗の車で池畑の家にやって来た。

オイラはいつしかおっちゃんが来るのを楽しみに待つようになっていた。

七夕の日、オイラは一人でいつもの中華料理屋で酢豚定食を食べていたら、テレビから聞いた事のあるダミ声が聞こえてきた。

ちょび髭のおっちゃんが演説していた。

『内角総理大臣田中角栄』と字幕が出ていた。

おっちゃんはテレビに出るほど有名人なんだとしか、当時のオイラはわからなかった。

学校に行ってないから内閣総理大臣がどういう意味なのかわからなかったんだ。

その頃、池畑は妙に機嫌が良かったと思う。

今だからわかるが、池畑は田中先生が自民党総裁選を戦うのに必要な選挙資金をアズキ相場で作ってたんだ。

そして、田中先生は池畑が作った資金で見事に総裁選で勝ち総理大臣になったんだ。

オイラは今でも田中角栄ほどカッコいい男はいないと思ってる。

晩年、ロッキード事件で日本中からバッシングを受けたけど、オイラにはわかる。おっちゃんは絶対に悪いことはしてない。あの優しいおっちゃんが悪い事なんかするわけない。これだけは絶対に断言できる。

そして、その2ヶ月後の9月にアズキ相場は大暴落した。

そして、それと同時に池畑慎之介は姿を消した。

それ以降、おっちゃんと会う事も無くなった。

オイラはまた、天涯孤独になっちまった・・

この時、下村龍之助、まだ10歳だった。

つづく・・はず

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